『わたしがわたしであるために』 -吉野さんの思う自治とは
ものづくりの現場をたずねて #1
arutocoroni,design 吉野歩さん
独立前に携わっていたホテルの現場で一緒に仕事をした吉野歩さん。当時吉野さんは、建築設計事務所からホテル運営会社に転職。その後それぞれ独立し、自分は広島でureを、吉野さんは松本でarutocoroni,designを立ち上げた。興味深かったのは吉野さんの活動スタイル。古民家を所有し、自ら手を加えながら、設計業務とともにcafé/bar& talk lounge「tocoroni,」の運営も行なってるという。
彼の現在地を訪ねて、長野県松本市へ向かった。

松本市郊外。四賀地区、善光寺街道沿いに吉野さんが営む「tocoroni,」はある。
かつて人や物が行き交った街道も、今は山間に暮らす人々の生活の道として、静かな時間が流れている。私たちが訪ねたときは、ラウンジスペースで近所の子どもたちが卓球をしながら出迎えてくれた。

―松本でこの場所を始めたきっかけについて教えてください。
前職の仕事がきっかけで松本に来たのですが、その頃は仕事がうまくいってなくて。これは僕個人の問題なんですけど、組織で働くなかで(売上や生産性を優先せざるを得ない)資本主義的な正しさに苛まれていたんです。そんな中で「お金じゃない楽しさってなんだろう」って考えることが増えていって、だんだん自分の中から湧き出る楽しさを求めるようになっていったんです。
―あの頃(一緒の現場だった頃)、結構モヤモヤしてたんですね。確かにお互いハードな現場でしたよね。
ある日ふと「あ、やめよ」って思った瞬間があったんです。
ちょうどその頃、「自分で何かしたい」という思って物件を探してて。知り合いから「だったら(松本市の)四賀に行きなさい」ってまるでお告げのように言われて笑。四賀で紹介してもらった1軒目がこの物件なんですけど、すぐに決めましたね。特に何をするかは決めてなかったけど、とにかく全部自分でやってみたくて物件を持つことを決めたんです。

―そうだったんですね。僕も、独立前はクライアントワーク中心で設計することが当然多かったのですが、予算が限られたなか、より注目を集めることや世の中にアピールすることにこだわる側面に疑問を持つこともあったんです。でも、一人でやっていくなかで疑問だったことが少し分かるようにもなって。当時のこだわりとは、爪痕というより自分たちのフィルターを通した答えをどうアウトプットするかの試行錯誤だったのかなあって。
独立後、自分が関わるからには関わる意味を残したいと思っている自分がいることにも気づいて。ただ同時に、その方向性がただ綺麗なものを作って終わりじゃないなとも思うようになったんです。
その後、仕事でコンポストをデザインしたことで、空間設計だけじゃなく人の暮らしに少しずつ変化を起こせるのではないか、という思いや希望も芽生えてきて、「まちづくり」とは違うけど人々の営みに関わることを見つけていけたらなと思いはじめた頃、吉野さんの「自治」にまつわる記事を見つけて、どんな思いで活動されているか聞いてみたいと思うようになったんです。
「自治」が広島まで届いてたんですね。
―吉野さんにとって「まちづくり」と「自治」はちがいますか?
「まちづくり」と言うと、建築のプロジェクトと一緒で「こういうものを作ろう」というゴールが先にあるんですよね。それで、会社に所属してプロジェクトに携わるなら、自分の存在は交換可能なんです。自分じゃなくても成り立つ。「まちづくり」もそんな感じのイメージです。でも、僕の「自治」に対するイメージは、目指す行為というより「どうあるか」なんですよね。「自治的である」という状態そのものが大事というか。例えば岩竹さんが前職でプロジェクトに携わって葛藤している状態も「自治」なんです。
「まちづくり」も、ただ上から指示が降りてくるのは「自治的じゃないな」と思っちゃう。僕も、町の人と一緒にいて同じ目線で影響を与え与えられという関係性がいいなと思っています。だからこの場所も、何かを決めて始めたわけじゃなくて。自分で買って自分で手を動かしてやってみる。その過程の中で「これって自治だなあ」って気づいた感じですね。
―そうだったんですね。松本の中心部でなく郊外で場所を持ちながら活動している。そのなかで「まちづくり」という言葉ではなく「自治」という言葉で発信しているのを拝見し、吉野さんの活動は、町を盛り上げることが目的ではなく、骨を埋める覚悟でもっと深いところで地域と関わりを持っているのかなあと想像していました。
僕が言ってるのは、外向きの自治ではなくあくまで内向きの自治なんですよね。「わたしがわたしであるために」と言ってるんですけど、出発点は自分の中にある自治だと思っています。とは言え、もちろん建築設計する者として社会を良くしたいという思いはあって、ここが地域にとってどういう場所なのか、「ありかた」や「ひらきかた」は意識しているし、自分のやったことがどう地域に変化を及ぼすかは気にしています。でもそれは、積極的に町内会に参加するというのは少し違うんですよね。ここで活動していることがどう見えているかを大切にしている感じです。だからこの街道沿いも全部ガラス張りにしたんです。

―ちなみにこの四賀地区の地域課題みたいなものは持っていますか?
個人的にはあまりないですね。この四賀地区には27町会あって、それこそすでにちゃんとした町会自治があるんです。もちろん、他の地域と一緒で過疎化や高齢化の問題はありますが、自分がそれを課題として見ているというよりはこれが世界だよなと捉えていますね。あくまで自分は主体者ではなく町に暮らす一員として関わっている感じです。
―話を聞いて、単に「場づくり」が目的じゃないことがわかって、松本市中心部じゃなくて、四賀で場を開く思いもよく分かりました。
四賀には画家、空間デザイナー、ダンサー、デザイナーなど個性的な移住者も多い場所なんです。今日も隣では個展を開いていますが、松本市中心部に比べるとわざわざ来なくちゃ行けない場所なんですよね。もし、中心部で個展をすればもっと人も来るかもしれないし情報も簡単に手に入る。でも、お客さんはここにわざわざくることで、じっくり時間を過ごすこともできるし、ゆっくり話すこともできる。そういうことも自治であると思うんですよね。
今は、自分の心の声を聞くのが大事だと思ってて。浮かんだことをアウトプットするって、自治的だなって思うんです。料理する人が、作りたいものが浮かんでそれを料理するってすごく健康的じゃないですか。今までそれができなかった。今は、自分の湧き上がるものをどうアウトプットするかを大切にしています。

建築設計という仕事は、「決める」必要がある立場だが吉野さんは決して狙って何かをつくるのではなく、環境の中に”ある”ものや、そこから自然に立ち上がってくる感覚を待ちながら、そこに身を置いているように思えた。
機能や用途と強く結びつきがちな建築だが、toconorni,では、それらが一旦手放されているように感じる。完成された空間というより、関わりの中で更新され続ける“途中の状態”としてある。それは、空間を設計することの先にある、もうひとつの実践のようにも感じられた。
「わたしであるために」という個人的な問いから始まったこの場所。
けれどその在り方は、結果として、周囲との関係にもゆるやかに開かれていく。
arutocoroni =「あるところ」「とある場所」というふたつの意味を持つ。
偶然性や無作為から生まれる何か、限定しない、線引きしないことの自由やおおらかさ。
吉野さんの実践には、一人一人が自治的に生きるための小さなヒントがあるように感じました。

Profile:arutocoroni,design 主宰 吉野歩さん
設計・デザイン。cafe/bar & talk lounge「tocoroni,」運営。
場作り・企画。店舗や宿のプロデュース。